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私たちの心を整える「余白」何も決まっていない時間が心を整える理由

私たちは「余白」に不思議な心地よさを感じます。

たとえば、予定の入っていない休日、何も置かれていない机、あるいは音楽が止まったあとの静かな時間……。

その一方で、何も予定がないと落ち着かなくなったり、数十秒の待ち時間があるとついついスマートフォンを開いてしまったりすることもあります。

空いている時間があると、何かで埋めたくなる……

でも、不思議なことにすべてが埋め尽くされていると、それはそれで違うと感じることもあります。

余白がないと、ときに少し息苦しさを感じてしまうことがあります。

このように、私たちが無意識のうちに求めてしまう「余白」。

この正体は、一体何なのでしょうか。

人によっては「何もない時間」「暇な時間」というイメージを持つこともあるでしょう。

ただ、余白は、単に「何もないこと」というだけでは説明し切れない気もします。

今回は、私たちはなぜこの余白に心地よさを感じるのか、そして余白が私たちの感覚とどのようにつながっているのかを考えていきましょう。

目次

余白とは何だろう

余白は「何もないこと」ではない

余白とは、一言で言ってしまえば「何も置かれていない部分」です。

ただ、これだけでは余白の役割を十分に説明できていません。

例えば、本のページを思い浮かべてみてください。

ページの端から端まで文字がびっしりと並んでいて、行間もほとんどなかったら、かなり読みにくく感じませんか?

一方で、字間や行間がしっかり取れていれば、同じ内容であっても読みやすさは格段に上がります。

文字が書かれていない「余白」があるからこそ、ひとつひとつの文章を落ち着いて読むことができるのです。

音楽にも似たような余白の「間」があります。

曲の途中で音が止まる瞬間「ブレイク」を挟むことで、その前後のメロディがより印象的に聞こえることがあります。

これらを踏まえると、余白はもう「何も置かれていない部分」という意味を超えています。

むしろ余白とは、そこにあるものを感じやすくするための空間という表現が正しいのではないでしょうか。

まっさらな何もない白紙の1ページと、文章の中にある行間や字間は違います。
しんとした何もない無音の空間と、音楽の中にあるブレイクも違います。

周囲にあるものを見えやすくするために置く何もない部分

「余白」には、そんな意味や役割があるのではないでしょうか。

何も決まっていないからこそ選べる

では、「時間の余白」はどうでしょうか。

時間的な余白には「まだ使い方が決まっていない」という特徴があります。

例えば、休日の午後に一時間だけ予定が空いていたとします。

散歩をしてもいい。
昼寝をしてもいい。
本を読んでも、コーヒーを飲んでも、あるいは何もしなくてもいい。

まだ何をするか決まっていないからこそ、そのときの自分の気分によって使い方を選べます。

反対に、もし予定が入っていたら、どうでしょうか。

その時間に何をするかはすでに決まっています。
その時の気持ちや感情だけで、時間の使い方を変えるのは難しいでしょう。

もちろん、予定を入れることが悪いと言っているわけではありません。

ただ、すべての時間の使い方を先に決めてしまうと、「これから何をしようか」と自由に選べる場面が少なくなってしまいます。

時間的な余白とは、まだ何をするか決めていない時間です。

そして、この決めていない時間にこそ、自分の感覚が入り込んできます。

なぜ私たちは余白を失いやすいのか

空いている時間をすぐ埋められる時代だから

現代の生活では、昔よりも簡単に余白を埋められるようになりました。

電車やバスを待っている数分。
料理が運ばれてくるまでの時間。
待ち合わせで少し早く着いたとき。
寝る前のちょっとした時間。

こうした場面でスマートフォンを触っている人は少なくないことでしょう。

SNS、動画、ニュース、ゲーム、音楽……。

数分どころか、数十秒のちょっとした空白でも簡単に埋めることができます。

これはとても便利な変化で、私たちは今やどこにいても、空き時間に意味を持たせることができるようになりました。

その一方で、以前は「何もしていなかった」はずの余白の時間は、私たちの元から徐々に失われつつあります

電車が来るまでホームを眺めていた時間。
喫茶店で注文を待ちながら窓の外を見ていた時間。
寝る前に何となく一日を思い返していた時間。

そんな「何も起こらない時間」は、便利さと引き換えに少しずつ減ってきているのです。

「何もしていない」が少し落ち着かない

私たちは「何もしていない時間」に落ち着かなさを感じがちにもなりました。

休日に何の予定もなく、特に何もせず夕方になった。

そんな日の夜に「今日、何もしていないな」と思ったことはないでしょうか。

現代では、予定があることや忙しくしていること、何かを経験したり生み出したりすることが「充実感」と結びつきやすくなっています

そのため、何も予定のない時間を見ると、「まだ何かを入れられる時間」のように感じることもあります。

空白があると、埋めたくなる。
何もしていないと、何かしなければという気持ちが湧いてくる。

しかし、余白を隙間なく埋め続けていくことで少なくなるものもあります。

それが、自分自身の感覚を確認する時間です。

余白がなくなると何が起きるのだろう

自分が何をしたいのか考える前に「次」がやってくる

予定や情報で時間が埋まっていると、「次に何をするか」を考える必要がありません

動画を一本見終われば、次の動画が表示される。
SNSを更新すれば、新しい投稿が出てくる。
通知が来たら、それに反応する。
予定が終われば、次の予定へ向かう。

自分が選ぶ前に、次にすることが次々と差し出されていきます。

毎回ゼロから「何をしよう」と考えなくても済むため、非常に楽な状態です。

しかし、この環境は、自分の感覚をあまり使わずに一日を過ごすことができてしまう環境でもあります。

何が見たいかではなく、流れてきたものを見る。
何がしたいかではなく、予定されていることをする。
何を考えたいかではなく、目の前に現れた情報に反応する。

そういった環境で過ごし続けているうちに、「自分は何がしたいのだろう」と考える感覚が少しずつ遠くなっていくこともあります。

本音で物事を考える時間がなくなってしまう

その先で、

「自分の本音が分からない」
「何がしたいのか分からなくなった」

と感じることもあります。

本当は疲れている。
今日は誰にも会いたくない。
少し散歩したい。
何となくこの仕事に違和感がある。

そんな小さな感覚があったとしても、次の予定や情報がすぐにやってくれば、簡単に通り過ぎてしまいます。

ただ、これは自分がなくなってしまったということではありません。

自分がないのではなく、自分の感情や本音が入り込む余地がないということも、こう思い詰めてしまう要因があるのだと思います。

自分の感覚は、いつも大きな声で主張してくれるわけではありません。

何となく落ち着く、今日は少し疲れた、これはあまり好きではない、なぜかこちらに惹かれる……

そんな曖昧な反応として現れることもあります。

しかし、周囲が常に何かで埋め尽くされていると、その小さな感覚は埋もれて見つけにくくなってしまうのです。

なぜ余白があると心が落ち着くのか

何かに反応し続ける時間から離れられるから

私たちは日常生活において、無意識のうちに多くのものに反応しながら過ごしています。

通知に返信する。
誰かの話を聞く。
仕事の判断をする。
予定に合わせて動く。

これ自体はごく普通のことですが、それが休みなく続けば疲れることもあります。

一方で、余白が持てると、私たちは「反応すること」から一時的に離れられます

何も流れてこない。
誰にも返事をしなくていい。
次に何をするかも決まっていない。

そうした時間には、外からの刺激への対応を止めることができます。

誰かや何かに反応するのではなく、自分自身の時間へ戻る。

それが「余白」のひとつの側面でもあります。

自分から生まれるものを待てるから

余白においては、何かをしなければならない理由はありません。

だからこそ、普段は気づかなかったことがふと頭に浮かぶことがあります。

急に散歩したくなったり、昔好きだった音楽を聴きたくなったり。

逆に、「いまは本当に何もしたくない」という本音に気づくこともあるでしょう。

こうした感覚は、誰かに言われたから生まれたものではありません。

何も決まっていない時間があったことで、自分の中から自然に出てきたものです。

普段は、仕事だからする、約束があるから行く、通知が来たから見るといった、外側から始まる行動もたくさんあります。

一方で、余白があるとその間に

「せっかくなら、いま何をしようか」

という、自分の感覚から始まる選択が入り込んできます。

余白は、自分の感覚を無理に引き出す時間というより、自分の中から何かが出てくるまで待てる時間とも言えるのかもしれません。

余白はどこに作れる?

余白というと、大きな休暇や予定のない休日を想像する人もいるでしょう。

しかし、必ずしもまとまった時間だけが余白ではありません。

時間の余白

一番分かりやすいのは、時間の余白です。

予定と予定の間を少し空ける。
休日の午前中だけ何も決めない。
散歩するとき、何時まで歩くかを決めない。

何も予定が入っていない時間があると、そのときの自分に合わせて過ごし方を変えられます。

疲れていれば休む。
気分が良ければ出かける。
何かやりたくなれば始める。

まだ決まっていないからこそ、その日の自分に合わせられるのです。

空間の余白

余白は、自分の部屋や机の上にもあります。

これは「物が少ないほど良い」という話ではありません。

何かを置こうと思えば置けるけれど、あえて埋めていない。

そんな場所が少しあるだけでも、視線を休められることがあります。

ミニマリズムのように極限まで物を減らすのではなく、埋められる場所を、あえて埋めずに残しておくという感覚です。

情報の余白

情報が入ってこない時間も、一つの余白です。

音楽を聴かずに歩く。
お風呂にスマートフォンを持ち込まない。
電車に乗っているときに窓の外を見る。

これらは情報を遮断するというほど大げさなことではありません。

ただ、外から何かが入ってこない時間を少しだけ残してみる

それだけでも、普段とは違う時間になります。

人間関係にも余白がある

人間関係にも余白があります。

誰かと関わっていない時間。
返事をしなくていい時間。
相手の気持ちを考えなくていい時間。

これは人間関係を切ることでも、孤独になることでもありません。

誰かと関わる時間とは別に、

自分だけでいられる時間を残しておく

ということです。

誰かと過ごす時間と一人でいる時間は、どちらか一方を選ばなければならないものではありません。

余白は「新しいもの入れるため」だけにあるのではない

余白まで有効活用しなくていい

余白について調べると、

「アイデアが生まれやすくなる」
「創造性が高まる」
「仕事の効率が上がる」

といった話を目にすることがあります。

実際、散歩中に仕事の解決策を思いついたり、お風呂の中で突然考えがまとまったりすることもあります。

ただ、それを余白の目的にすると、

「何か思いつかなければ」
「この時間を有意義に使わなければ」

と考えるようになります。

そうなると、余白だったはずの時間に、新しい役割が与えられてしまいます。

余白は、必ずしも成果を生み出すための準備時間である必要はありません

何も思いつかなくてもいい。
ただぼんやりして終わってもいい。

何も起きなくても成立する時間だからこそ、余白なのです

予定を入れずに過ごしたけれど、結局ずっと家にいた。
散歩に出ても、特に何も考えなかった。

そんな日があっても構いません。

「今日は何もしたくなかったんだな」と分かることも、自分の状態を知る一つの手がかりになります。

何かしたくなる日もあれば、何もしたくない日もある。

そのどちらも自分の感覚です。

自分の感覚は余白の中で聞こえてくることがある

私たちは、自分自身のことを知ろうとすると、ついつい答えを探してしまいがちです。

自分は何が好きなんだろう。
本当は何をしたいんだろう。
これからどう生きていきたいんだろう。

ただ、こうした問いは、考え続ければ必ず答えが出るものでもありません。

机に向かって考えても分からなかったことが、何気なく歩いているときに「そういえば、自分はこれが好きだったな」と急に浮かんでくることがあります。

自分の感覚は、探せば見つかるものとは限りません。

少し静かになったときに、向こうから現れてくることもあります。

私たち松果体開花研究所は、こういったものを「内側の感覚」と表現することがあります。

好き、嫌だ、落ち着く、何か違和感がある、もう少しここにいたい、今日は一人でいたい。

そんな小さな感覚の積み重ねです。

私たちは、こうした感覚を「取り戻す」ことを大切にしています。

ただ、取り戻そうとして力を入れすぎると、かえって分からなくなることもあります。

必要なのは、感覚を無理に引き出すことではなく、その感覚が現れられる場所を残しておくこと

すべてを予定で決めない。
すべての時間を情報で埋めない。
少しだけ、決まっていない場所を残しておく。

その余白の中で、普段は聞こえにくかった自分の感覚が、ふと顔を出すことがあります。

おわりに

余白というと、何もない時間や空間を想像します。

でも、何もないというのは価値がないということではありません。

余白は、

まだ何をするか決まっていない時間。
まだ何を置くか決まっていない場所。
まだ何を考えるか決まっていない瞬間。

とも言えます。

すべてを埋め尽くさずに、少しだけ何も決まっていない場所を残しておく。

自分は今、何をしたいのだろう。
何を心地よいと感じているのだろう。

そうした感覚は、いつもはっきり聞こえるものではありません。

だからこそ、聞こえるまで急かさずに待てる場所が必要なのだと思います。

余白とは、何か新しいものを得るためだけの場所ではありません。

すでに自分の中にあるものが、少し顔を出せるようになる場所。

そんなふうに考えてみてもいいのではないでしょうか。

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